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慶應大学ラグビー部監督・松永敏宏さん Vol.2

山中湖での夏合宿 現役時代を思い出して
―「山中湖合宿(8/5〜)では厳しくやるよ」という話を最初から言っているようですが。
 自分からは言った覚えはあまりないけれど、部員にそれぞれ一対一では言っています。だから自然とそういう話になっているみたいです。  土日はコーチが来てくれるので、基本的には彼らに任そうと思っています。かなりきついです。たとえば、朝は最初1500m走を2本走ります。そのあと、キックオフやラインアウトをやって、午後はアタック・ディフェンス。1時間みっちりやって、FWはモールとルースとスクラム。スクラムは毎日100本組みます。
 昔から練習でこういうことはやっていました。でも去年はたぶんここまではやってないでしょう。

―普段の練習ではどれくらいスクラムを組むものなんですか。
 10本も組んでないです。ほどんど組まないですよ。昔はもっと組んでいます。今は昔のようにスクラムが大事じゃないって言われているんです。でも絶対大事だと僕は思っています。

―今なぜスクラムが大事ではないんですか。
 今ラインアウトの本数が多いんです。タッチキックで前進して、全部マイボールになります。昔はヤン(相手)ボールにもなったので、あまりタッチを蹴らなかったんですね。だから昔はラインアウトが少なかった。 
 基本は絶対スクラムだから、スクラムに重点おくというのは変わりません。

―松永さんが現役の頃、山中湖合宿はどんな練習をしていたんですか。
 こんな感じです。思い出して作ったんです。まったく同じにしようと思いましたが、昔は休みの日がありませんでした。自分でも休もうとは全く思わなかったし。
 僕は悔いないまで走りたいと思っていたから、休もうなんてこれっぽっちも思いませんでした。
 合宿の練習メニューを作って「これ、どう思う?」って聞いたら学生たちは、
「えー休みが・・・」
「休みはあるじゃないか、ちゃんと」
「ちょっと少なすぎ・・・一週間以上ありますし・・・」
と言っていました。

現役時代 素直に、何も考えずにやっていた
―松永さんが現役のころと比べて今の部員たちの雰囲気はどうですか
 全然違います。みんな本当に素直ですよね。・・・いや違うな、僕らの方が素直なのか。
 何も考えずに僕らはやっていました。それこそ、「右向け右」って言われたら右向いて。練習はきついことが当たり前。「なんでこんなにきついかなぁ」、「でもやらなきゃ仕方がない、しょうがない」と思っていました。
 今の学生は必ず「どうしてそれをやるの?」と理由、動機付けが必要なんですね。そこが僕の現役時代との一番の違いだと思いますね。

目指すは早慶戦  俺は数パーセントを狙っている
―今は先の選手権のことよりも、練習とチーム作りのことを考えているのが一番?
 そうですね。チーム作りと、あとは早稲田のことはいつも部員たちに言っていくつもりです。いつもやっぱり早稲田のことはチラチラチラチラ・・・。
 早稲田は強いイメージですよ。でかいですし、どう考えても体はうちよりも一回りはみんな大きいです。どのポジションも。

―そんな中で早稲田に勝つイメージは?
 変わってないです。タックルしてタックルして、我慢して我慢して、点をとられるのはラインアウトモールで前半1本、後半1本の2本。
 最終の35〜40分にかけて、相手のボールをターンオーバーして、タックルして、それをつないでつないで、つないで、つないで・・・トライをする。そこからゴールが入って大逆転勝ち、16−14。
 でも言われたんです。トライ数で負けて試合に勝つ確率はほんの数パーセントしかないって。
「いいんだよ別に、おれは数パーセントを狙っているんだから」って言っているんですけどね(笑)

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松永 敏宏(まつなが としひろ)
 1962年(昭和37年)大阪府藤井寺市生まれ。昭和54年度・天王寺高校ラグビー部主将、昭和59年度・慶応義塾大学ラグビー部主将を務める。卒業後は横河電機、プルデンシャル生命を経て、2005年4月慶應義塾大学体育会蹴球部の監督に就任。
 元ラグビー日本代表 (CAP2) 。特技はスキー、ゴルフ。家族は妻と長女・長男。
2005年08月10日
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